平成うた日記 風のように、雲のようにも

(著) 下風憲治

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作品詳細

[商品について]
―短歌でふりかえる人生史―
世界青少年交流協会で初めて訪れた赤坂御所、大阪万博にちなんで名付けた長女の成人式、オリオンの三つ星のように輝いていた日産自動車広報部の三人娘、大雪の日に静かに息を引き取った母との時間、日産の源流を拓いた日本の自動車工業のパイオニァ橋本増治郎への想い、日産リバイバルプランにより閉鎖となった村山工場との最後の別れーー過ぎ去る時間は多くの出会いと別れをもたらし、その中で人々は今日も生きていく。良き仲間、良き家族に恵まれ日産とともに歩んだ日々を、短歌と小文でつづった平成うた日記。

[目次]
一  赤坂御所にて
二  洋史の剣道・昇級認定試験会場にて
三  総理官邸の新春パーティにて
四  サッカー天皇杯の応援にいく
五  博子の成人式に
六  平川 みち乃さん退社
七  経団連 常見図書館部長の送別に
八  横浜日産モーター本社に吉岡人事課長を訪ねて
九  Message from Your Grandfather
十  「宝会記念誌」 上梓のお祝い
十一  母を旭川厚生病院に見舞う(一)
十二  母を旭川厚生病院に見舞う(二)
十三  野辺のおくり
十四  追憶の一九七〇年(竹中 晃さんのこと)
十五  雪の王女のお嫁入り (岡野 浩、西山美恵子さん結婚式)
十六  永年勤続旅行(志摩、奈良、金沢、京都)にて
十七  橋本増治郎を想う
十八  飛鷹 ヒサさんの葬儀にて
十九  山口 修一君の送別会
二十  八田 真美子さんの賀状に
二十一  佐藤 捷一さんの追憶・断章
二十二  安達 恵子さんの葬儀の日に
二十三  スター・コムの夏休み、奥飛驒紀行
二十四  スター・コム大阪HUBにて
二十五  横須賀市民病院にて内視鏡検査を受ける
二十六  産経懇名誉会長・堀井清章氏のこと
二十七  東興図書サービスのこと
二十八  藤井 明君の追憶・断章
二十九  今村 成和先生の追憶
三十  追憶・小浜 久社長のこと
三十一  平田 真美さんの京劇を見る
三十二  ウイリアム・ゴーハムの取材に
三十三  深江ゆかさんのシャンソンを聞く
三十四  横須賀市民病院の年末・年始
三十五  中川明子さんのご結婚のお祝いに
三十六  諫早湾の干拓に思う
三十七  さようなら高尾 洋さん
三十八  信濃路の旅
三十九  工機・七夕のつどい
四十  米海軍第七艦隊旗艦・ブルーリッジにて
四十一  二人目の孫娘・物井ひなたちゃんの誕生
四十二  ニッサンの歴史と共に(宇野軍司さんの生涯)
四十三  「パティスリーギー」に風間さんご夫妻を訪ねる
四十四  詠進歌・題「青」の習作
四十五  新盆に想う(義兄・故内海良哉氏のこと)
四十六  うつりゆく季節のなかで
四十七  十年前の十一月十日、「ベルリンの壁、崩壊の日」
四十八  映画「トルーマンストーリー」を見る
四十九  昭和天皇の十年祭に想う
五十  アサヒビールのシェア首位に
五十一  東急デパート・日本橋店の店じまい
五十二  夏実のダンス発表会にて
五十三  誕生日の贈りもの
五十四  郡上八幡・大垣市と常滑・美濃の旅
五十五  株主総会の季節に
五十六  タイムと昭和天皇
五十七  「高橋 是清自傳」を読む
五十八  私の終戦記念日
五十九  イラン革命の前夜
六十  築地市場にて
六十一  みちのく(山形、上山、米沢、会津若松)の旅
六十二  東京モーターショウに行く
六十三  人見さんご夫妻がわが家に
六十四  「司馬遼太郎の愛した世界」展を見る
六十五  「世界らん展日本大賞二〇〇〇」を見る
六十六  銀座の朝、三月
六十七  木挽町医院にて
六十八  大相撲(大阪・春場所)の所感
六十九  「聖の青春」を読む
七十  映画「鉄道員」を見る
七十一  軽井沢(川村尚久君・山岸みどりさんの結婚式)にて
七十二  日産・村山工場とのお別れ
七十三  「東京ドーム」へ、ジャイアンツの応援に行く
七十四  原  善 伸 ギターリサイタル
七十五  中村睦男くんが北大学長に
七十六  田 家三代の男たち
七十七  築地西洋軒のエリーゼ・ヴィーゲルト
七十八  八月十二日、十六年前の夏
七十九  私の見た靖国神社
八十  終戦の日、昭和二十年八月十五日の前後
八十一  九月十一日、歴史の分岐となつた日
著者略歴

[担当からのコメント]
どんな人生も、振り返ればそこには必ず時代や世相が見えてきます。本書は、そうしたものを短歌と日記風の小文で楽しむことができる作品です。もちろん歌集として短歌のみでも、また社会史として小文のみでもお楽しみいただけます。ぜひご一読ください。

[著者略歴]
下風 憲治(しもかぜ・けんじ)

1938(昭和13)年8月10日 北海道室蘭市生まれ
1957(昭和32)年3月   北海道室蘭清水丘高等学校卒業
1962(昭和37)年3月   北海道大学法学部卒業
1962(昭和37)年4月   プリンス自動車工業(株)入社、村山工場配属
1966(昭和41)年8月   プリンス自動車工業(株)と日産自動車(株)が合併、日産自動車(株)に
1972(昭和47)年7月   日産自動車(株)人事部教育課
1976(昭和51)年2月   日産自動車(株)工機工場総務課長
1981(昭和56)年2月   日産自動車(株)中央研究所総務課長
1984(昭和59)年1月   日産自動車(株)調査部長代理
  兼務1990(平成2)年4月 世界青少年交流協会事務局長
1991(平成3)年4月   日産自動車(株)広報部(専任)
1995(平成7)年5月   スター・コミュニケーションズ(株)常勤監査役
2000(平成12)年7月   片山豊氏個人オフィス「アカデミア・ユレカ」シニア・スタッフ

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