姫路藩の名家老河合寸翁 : 藩政改革と人材育成にかけた生涯
(著) 熊田かよこ
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―独創的な経済・教育の改革者の実像とは―
姫路藩酒井家の家老として、藩政改革と人材育成に尽力した河合寸翁。当時、諸藩とも財政の悪化に悩む中で、藩の実収人の約七倍、七十三万余両もの借金を抱えた藩の財政を立て直し、これを十年ほどで返済し終えたその手腕と人柄は、同時代の人々からも称賛された。しかし一方で、生前の寸翁は、姫路藩を勤皇運動に導いた養子の屏山とともに反幕府の考え方をもつ者として危険視され、その功績に比して正当な評価を受けることはなかった。本書では、「君と民は一体のもの」という思想に基づく藩政改革と、当時としては例のない「身分を越えた教育」による人材育成という寸翁の功績を中心に、史料を渉猟しながら、寸翁の改革のやり方とめざしたもの、そして心のうちが垣間見える逸話を紹介していく。
[目次]
主な登場人物
はじめに
第一章 勝手掛をうけるまで
1 生い立ち
祖父と叔父と父
日光諸堂修復
2 鬱屈の時期
足跡
柴野栗山(しばのりつざん)との出会い
3 借金の内訳
石高制と三貨制度
幕府財政(1)田沼意次の時代
幕府財政(2)松平定信の時代
酒井家の借金
第二章 藩政改革
1 改革の内容
固寧倉
木綿専売制と江戸直売着手
国産御用積立金と藩札
江戸積議定書
江戸積の効果
ほかの専売制
新田開発
2 幕政にのまれて
幕府財政(3)水野忠成の時代
喜代姫との婚儀
婚礼準備
「羸馬行(るいばこう)」
3 退職と死
退職時の心境
「三仁説(さんじんせつ)」
大塩平八郎の乱
寸翁の死
第三章 仁寿山校
1 教育改革
申義堂
好古堂
2 仁寿山校設立
御山拝領
設立への思い
準備
仁寿山仮役所
3 仁寿山校の特徴
学問所建物と規律の構想
学問の内容
仁寿山校学事一任願
学生
4 招聘した学者たち
頼山陽
堤鴻佐(つつみこうさ)(它山(だざん)・公愷(こうがい)・公甫(こうほ)・唐公愷(とうこうがい))
猪飼敬所(いかいけいしょ)ほか
5 医学寮
医学寮
6 寸翁の志を受け継いだ者たち
寸翁の死後
文久二年(一八六二)
文久三年(一八六三)
甲子(かっし)の獄
戊辰(ぼしん)の獄とその後
史料編
定恒関係史料
俊正院遺書 (個人蔵)
村翁夜話集 第一冊
定連・宗見関係史料 (『玄武日記vol.9、12~21』姫路城郭研究室年報)
玄武日記
寸翁関係史料
木綿江戸直捌議定書について河合隼之助書状 (『河合寸翁大夫年譜』)
村田継儒あて河合東書簡 (『兵庫史学19 今西寛司』)
大塩の乱直後の河合隼之助書状 (早稲田大学図書館蔵南大曹旧蔵文書)
河合寸翁墓碑銘(二行ごとに現代語訳を入れた)
仁寿山関係史料
升堂記(東京大学史料編纂所蔵)翻刻ならびに索引(抜項)
仁寿山学問所図説 乾 (芥田家所蔵「伊奈文書」)
仁寿山学問所図説 坤 (芥田家所蔵「伊奈文書」)
天保年間仁寿山医学寮出来の時寮出仕の医者並びに其の当時民間の平医師名寄帳 (『播磨史談』)
河合寸翁年表
おわりに
主な参考文献
写真・表・図 掲載一覧(本文中)
著者略歴
[出版社からのコメント]
いつの時代にも国家にとって最重要課題といえる財政と教育について、歴史の中には学ぶべき宝がまだまだ多く眠っているのだろうと思います。本書は、その宝のひとつといえる幕末の才能・河合寸翁の類稀なる手腕と、その源泉となる思想について知ることができる作品となっています。変革の時代に求められるものは何か、ぜひ多くの方に寸翁の事跡から学ぶ機会をもっていただければ嬉しく思います。
【著者略歴】
熊田 かよこ(くまだ・かよこ)
姫路市生まれ。神戸大学教育学部卒業。
姫路市立飾磨高等学校教諭、姫路市教育委員会姫路市史編集室管理指導主事などを歴任、平成24年退職。
著書に『奥山の歴史』(平成24年)、共著に『村翁夜話集』(平成27年)
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