人間の本質と未来: 欲望と知性が描く進化の行方

(著) 町屋肇

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作品詳細

人間らしいってなんだろう?

知性を持った人間の未来とは


人間らしさとは何だろうか。
AIの登場以降、ますます人間らしさが問われる時代になっている。
その答えは、物質としての人間に思いを馳せること、他の生物と比較することで見えてくる。人間の行く末はどうなるのか――。


人間の「欲望」に迫る
人間存在への社会科学的考察を続けてきた著者によるエッセイ第4弾。テーマは「人間の本質にある欲望とは何か」だ。

 昆虫や魚類などの他の生き物と人間との違いは、他の生物の場合、人間と違って後天的要素がまったく存在しないことである。昆虫や魚類は孵化すると同時に、たったひとりで生きていく。そしてすべての行動は、生命を維持するための「餌探し」と「繁殖」を目的としている。

 他方、人間にとって食事とは、エネルギー補給の手段であるだけでなく、おいしいものを食べたいという欲求をも満たすものでなければならない。また子どもを持つことは、多くの先進国に住む人にとって、労働力の確保や老後の世話をしてもらう保険ではなくなった。嗜好品のひとつといっていいかもしれない。

 人間とそれ以外の生き物の行動様式を分けるもの、それが知性だ。さらに人間にとって、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの受容器は重要な存在である。受容器からの情報を元にして、遺伝子レベルの修正はもちろん、どのような感情や価値観を持つかも規定されているからだ。

 このように本書では、知性と欲望、物質とエネルギー、生命と遺伝子、感覚と情報など、さまざまな視点から人間が人間たるゆえんを探求していく。そして、著者は人間が知性を獲得したことで生じる負の面について言及する。自分の欲望を満たすための経済活動を続けた人間は、「他の生命との関係性や自然界のバランスを無視している」というのだ。

 
「変わる可能性」がある時こそ努力できる
 地球上の生物は互いに何らかの関連性・関係性を含みながら生きているが、「知性」の優秀さに溺れた人間は、知らずしらずのうちに自分自身をも巻き込んでいる。そして、今や地球環境はどうしようもない状態になってしまった。自身が属する世界・見える世界からはずれた領域について、人間は非常に無頓着に生きているからだ、と。

 この論の特徴は、悪役がいないことだろう。現代社会を作っているのは、邪悪な為政者でも、陰謀をたくらむ団体でもない。快適さや便利さを求める消費者である我々と、顧客ニーズを充足しようと企業活動に勤しむビジネスパーソンの活動である。この流れに逆らおうとするなら、自分の欲望と向き合うしかない。

 しかし、人が努力できるのは、「変わる可能性」があるときだろう。手の施しようがない状態になって「さぁ、頑張りなさい」と言われても、どうすればよいか見当もつかない人は多いに違いない。

 本書は人間の欲望とその帰結について考えさせられる一冊と言える。科学的な事実や論理で読者を説得しようとするのではなく、問題提起することによって読者自身に考えさせようとしている。読後感は重くなりがちだが、それだけ人間の本質に迫った内容であることを示していると言えるだろう。

 なお、本書を読む際は、著者の前著『人間の「本質」とは何か』や、本書で参考にされた他の著作や資料と比較して読むと、より理解が深まると思われる。

文・筒井永英

[著者プロフィール]
町屋肇(まちや・はじめ)
1942年旧満州国生まれ。長年、公立学校共済組合本部に勤める。大学時代の恩師の教えに感銘を受け、人間と経済の関係に関するエッセイを複数出版。

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