ハンセン病療養所で育んだ看護のこころ──精神科病棟の人たちが私に残したもの

(著) 広野照海

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作品詳細

【2017年に発刊された『看護のこころ: 忘れえぬ精神科病棟の人たち』の改訂版です】

ーハンセン病療養所での苦悩と葛藤の日々ーー
昭和三十八年八月、国立ハンセン病療養所の多磨全生園に看護助手としてやってきた。当時、差別や偏見の対象であったハンセン病による障害や後遺症に加え、精神障害を抱えた患者の看護にあたった第五病棟での日々は、時に苦しく、時に喜びを感じる学びの多い時間だった。患者の訴えや願望をいかに受け容れるか、その難しさと教訓を示してくれたSさん。相手の性格を充分に把握することの大切さを教えてくれたAさん。不安や緊張の続く日々の中で、看護師たちに安らぎを与えてくれたKさん…。十五年以上にわたる精神病棟での勤務の中で得た教訓、後悔、思い出を、今ここに書き記す。

[担当からのコメント]
本書は、国立ハンセン病療養所・多磨全生園で勤務していた著者による回顧録となっていますが、そこには看護や介護に携わる者として、患者さんの身体的・精神的サポートに関する様々な課題に向き合い、奮闘した日々が記されています。看護師として働いている方はもちろん、介護施設やご家族の介護に携わっている方にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

[書評]
ハンセン病療養所 看護師の記録

知ることと、向き合うことの難しさ

人は「よく知らない」や「何となくわかった気になっている」物事や人に対して、見えない壁を作る。でも、一歩先に踏み込むことで見え方が変わる場合もある。

本書は、著者がハンセン病療養所精神科病棟に勤務していたころの患者の様子や当時の思いなどが記されている。看護に携わる人はもちろん、そうではない人たちにも読んでもらいたい作品だ。ハンセン病や精神病、そして看護について、知見のあるなしにかかわらず、心に響くだろう。

世間から隔離された、ハンセン病
 著者は、1963(昭和38)年から通算16年7カ月、国立療養所多磨全生園(東京都東村山市)で勤務し、定年まで任務を全うした人物だ。1979(昭和54)〜1984(昭和59)年まで毎月、園の自治会機関誌「多磨」に掲載されていた文章に、日本ハンセン病学会第11回コ・メディカル学術集会で発表した「『クライアント』の認識について」を加えた内容になっている。

 ハンセン病は、「らい菌」という細菌による感染症だ。らい菌は非常に感染力が弱く、現在は薬による治療が可能だ。しかし、1931(昭和6)年にそのような治療法は確立していなかったため、「癩予防法(旧法)」が成立し、患者は療養所に強制的に収容され、差別や偏見の対象になってしまった。1996(平成8)年に「らい予防法」廃止がされても、「ハンセン病はうつる怖い病気」と誤認識されている節がある。ハンセン病とはどんな病気か「知らない」から、という点が大きい。

 本書は、まさにハンセン病療養所の、しかも精神科病棟での出来事が綴られている。だが著者には、差別や偏見といった感情はなく、まなざしが温かく安心して読んでいられる。

途中で感じる違和感の正体

 本書を読んでいると、時折、違和感を覚えることがある。たとえば患者が痛みを覚えたため看護師を呼び、

「神経痛がする、グレランを注射してくれ」(引用文)

 と言う。看護師は、患者から注射液の指定を受けた経験がないので、

「グレランを注射してくれとはなんです! 貴方は症状だけ言えばいいんです。グレランをするかメチロンをするかはこちらで判断します!」(引用文)

 と答えるシーンがある。これだけ見ると、ヒステリックな看護師に見える。看護師からすると患者は、日ごろから命令口調で看護師を「女中のように」扱うことがあったため、いかがものかという気持ちで記したようだ。

 釈然としない思いを抱えつつ読み進めていくと、あちこちに同様の違和感が散りばめられている。

 もちろん患者も看護師も人間だ。言い方が悪ければ、衝突してしまうこともあるだろう。それはわかってはいるものの、釈然としないものがある。果たして、患者の言い方が悪いだけなのだろうか……と。

しかし「『クライアント』の認識について」の章で見事に、思いは収拾される。小説でいうと「探偵が見事に事件を解決」してくれ、気持ちがすっきりするのだ。見事な構成である。

知ることで、人はやさしくなれる
 先ほどの注射液の種類を指定されて怒った看護師の話には、続きがある。患者によって神経痛の在り方は異なるため、痛みの状況により、どの注射が効くか患者自身が体験的に知っているそうだ。そのことを認識してから看護師は、医師の指示が出ている範囲内で本人に聞くようになったという。

 人は「知る」ことで、やさしくなれる。本書はおそらく、読む人の職業や立ち位置によって、見え方が異なるだろう。

 看護関係者は看護への向き合い方を考えるきっかけとなるはずだ。看護関係者以外の人は、ハンセン病や精神病について考えるきっかけになるかもしれない。病院に通院している人は、看護師への対応を考えるかもしれない。

 そしてこの本は、全ての人に何らかの宿題を残すだろう。

文・夏野久万

[著者プロフィール]
広野 照海(ひろの てるみ)
大正14年岩手県に生まれる。太平洋戦争中軍属として東南アジアへ従軍。戦後は看護助手として精神病院に勤務。昭和37年岩手高等看護学院卒業。昭和38年より国立療養所多磨全生園に勤務。昭和61年3月定年退職。平成7年10月より看護論研究会を主宰。平成18年放送大学卒業。

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