いのちの贈り物ー生命の輝きー

(著) 山内美恵子

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作品詳細

[商品について]

静かに息を引き取ろうとしている軽くなった猫の姿。夕闇に浮かぶ白い夕顔の花。ある日突然になくなってしまった書店――。生きるとは何とせつなく、出会うとは何と心を揺さぶることであろうか。命あるものに美醜はない。命のめぐみに支えられない人もいない。いのちといのちが向き合う世界を、繊細で柔らかな感性で美しく描き上げた随筆集。



[出版社からのコメント]

私たちの世界に時間が流れているのであれば、日常の出来事はそんな大河の中の一粒の泡沫に過ぎないかもしれません。しかしこの小さな泡沫の声は、ときとして私たちの心を強く揺さぶることがあります。本書に収められた作品は、大河につながる一滴として心にしみ入る豊かさを持っています。本書を手元に、ひとときかけがえのない時間を過ごしていただければ嬉しく思います。



【著者プロフィール】

山内 美恵子(やまうち・みえこ)



一九四〇年福島県生まれ。

一九六〇年度郡山女子大学短期大学部卒業。

二〇〇〇年「誕生日の贈り物」で第四十二回「日本随筆家協会賞」受賞。

著書に随筆集『優しい眼差し』『慈しまれるいのち』『いのちへの愛の眼差し』、共著に『心に響いたことば』『思い出のアルバム』『愛のかたち』『愛の花束』(以上、日本随筆家協会)、現代詩歌集『薄浅葱色』『鏡花水月』『うつろひ』(以上、美研インターナショナル)。俳誌「森の座」(旧萬緑)会員。東京都東村山市在住。



[読者から頂いたお声]

冒頭より、愛しいもの十年来可愛がってらっしゃった「愛猫」の危篤状態のお知らせから入り、私自身も動物が昔から好きで犬・猫・その他小動物色々なペットを育ててきて、また同じように愛しいものとの別れも何度も経験してきている身ではあります。まさにその経験が呼び思い出されるように情景が浮かび上がった訳ですが、びっくりすることに危篤状態の愛猫をお見舞われたO先生ご夫妻が駆けつけられた時、この子が驚くべきほど元気な姿を見せ、最後のお別れをするかのごとく快いひとときを過ごされたという表現に、私自身も全く同じ経験をしてまいりまして、感極まった思いがございました。

その中でこれを「死が近づいているものがあたかも回復したかと思わせれる時間があり、その間にし残したり、言い残したり、したいと思っていたことを成し遂げることがある」これを「仲よし時間」と呼んでいますと表現されているお言葉が非常に的を得たお言葉で、まさに私も経験とこのお言葉で表現されているんだと非常に勉強になりました。

人間のように者や事を言葉や表現で伝えられない動物たちにとって、いかに人間の身勝手さをどのように感じているのか、はたまた優しく慈しんでくれる人間にどれほどの感情を以って愛をもって接してくださるのか私の浅い考えでは及ばないほど深いものと感じておりますが、動物は、人間以上に恩を返すと言われているというお言葉が、なにより私の今までの経験がどれくらい慈愛に満ちていたのか、どこまで優しくできていたのか、鑑みてもはなはだ自信はないのですが、かけがいのない家族として慈しまれ、愛と光の中で生を全うした彼らは、天国に行ってもその恩恵を忘れはしないだろう。やがて慈しまれたものたちは、まばゆい光となって、感動の贈り物となって祝福するにちがいないという表現がとても素敵なお言葉で、特に私の今まで愛してきたペット達に対してこのような考え方があるのかととても感動いたしました。(30代:男性)



一人の女性の日々の暮らし・病弱な息子と共に成長する日々・結婚と仕事の選択の葛藤などが丁寧に綴られているエッセーである。

生まれた時から病弱だった息子との様々な描写が最も印象に残る。5か月目にして、生命の危機を余儀なくされ絶命まで宣告され、翌日に奇跡の生還。幼稚園に上がるのを待って、切迫流産時の後遺症の手術をした。手術は成功したが、術後1か月後は絶対安静で体も足も動かすことができずベッドに縛り付けられたまま。驚くほど早く回復したのもつかの間、冬に入ると寒さと疲れから再び手術を余儀なくされた。幼稚園に入るとそれまでにまして病気が増え、風邪をひくとありとあらゆる病気が顔を出した。新しい年を迎えた間もない日には原因不明の高熱が続き、小さい命の灯は消えいる寸前。

大人でも耐えきれないであろう次々と病魔に襲われる生活、闘病生活を救ってくれたのは息子自体の強さであり、親子で共に闘い乗り越えてきた奇跡への感謝という姿勢がとても強く伝わってきた。

「お母さんごめんなさい、いつもぼくのために。お体だいじょうぶ……」

「泣かないでね、ぼく頑張るから、だいじょうぶだよ…… ぼく、がんばる」

病気のたびに、多くの人たちの 愛と慈しみによって、自分のいのちが救われ、 生かされて きたことを幼いながらも知っていたからです。

カトリック系の幼稚園に通っている中でカトリックの教えをベースとして数々の困難に直面して幼いながらにとても強く、前向きに乗り越えてきた幼い息子。

その後の描写では高校生まで成長した息子が、非常に素直に前向きに幼い時の強さをそのまま持ち合わせて成長した姿が描写されています。

息子の描写と対照的に夫の描写はほとんど出てきません。仕事の再開に反対されたことなど数少ない描写ではネガティブな内容の記載であり、著者と息子二人で病魔と闘ってきた意識が強いのだということがうかがわれました。

非常に興味深い作品でした。最後まで飽きることなく読ませていただきました。(40代:男性)



一つ一つの短編に区切りがついているので、読みやすい作品となっています。命の大切さと儚さを描いた一作です。動物だけでなく、人間の生き方についても描かれており、大変勉強になりました。

私自身、一人暮らしをしているため、ふるさとへ帰省する様子が描かれている場面では共感できる箇所が沢山ありました。親はいつまで元気でいてくれるか分からないし、遠くからだと様子も分からないので、どれほど仕事が忙しかったとしても、定期的に里帰りすることが大切なのではないかと思いました。

また、私も猫を飼っているため、猫が亡くなる場面では胸が苦しくなりました。猫は人間の言葉を話すことはできないものの、態度や仕草で愛情を示してくれるので、一緒に住んでいると家族のような存在、というより家族の一員となります。だからこそ、亡くなった時の絶望は大きなものであり、また亡くなる直前のサインを見逃さないようにするのが良いと感じました。ただ、たとえ死に目に会えなかったとしても、一緒に過ごしてきた時間の大切さに変わりはないため、上手く飼い主の中で様々な感情を消化していくことが大切だと思いました。

動物でも人間でも、いつまで生きていられるのかは誰にも予測がつかないことであり、だからこそ一日一日を後悔のないように過ごすしかないのではないかと考えました。命だけは自分ではどうにもならない領域のものであり、また人それぞれ終わり方や終わる時期は異なるため、ただ今だけを見て、前向きにひたむきに生きていくというのが一番良いのではないかと、この作品を読んで気づかされました。

また本作は、インターネットと人との繋がりについても描いています。パソコンに不慣れな母親が息子にメールを送るために苦戦する場面がありましたが、現在もそのような方はいるのではないでしょうか。インターネット=悪、と単純に決めるのではなく、「インターネットは面倒で、危険なことも確かにあるが、便利で人を繋げることも出来る」といったインターネットの良い面も描いている作品は珍しいように感じました。(30代:女性)

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