母の日のためのレクイエム
(著) 松久明生
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<母を看取る心情をストレートに表現した「別れの讃歌」>
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この34編の詩を読むと、母への感情や母との思い出がよみがえり、あなたの心は揺り動かされます
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赤子の写真を見て笑う。
初夏に咲いた庭の薔薇に目を輝かせる。
病院のベッドの上で、小さく痩せた母の姿は
童女のように自由に映る。
ただそれは束の間のこと。
「あなたは どなたでしたか」とも言う。
見舞いに来た息子の手を握りながら、
酸素吸入器や輸液カテーテルにつながれた身体は
弱々しく「帰りたいなぁ」とつぶやく。
本書には母を詠んだ詩34編が収められている。
陽だまりに温められた体温が
徐々に冷めていくのを名残惜しむように、
死にゆく母のぬくもりを集め著者は言葉を紡ぐ。
それは母と子のめぐり逢いと別れの賛歌である。
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「詩には言葉の力がある」と実感させられる
私たちは「詩」をどのようなときに読むのだろう。
実用書のようにすぐに知識が身につくわけでもなく、小説のようにストーリーに没頭できるわけでもない。国語の教科書でひとつふたつ、そらんじた記憶がある人も多いのではないだろうか。
それでも詩には言葉の力がある。誰かの慰めではなく、誰かの「共感」が必要なときに、もっとも素肌に近い言葉だけが寄り添える感情がある、と思う。
著者はこれまで『言葉の孤独』『オルフェオの瞳』と2冊の詩集を出版している。いずれも言葉の可能性を広げようとする探求心に満ちた作品で、詩になじみのない読者にとっては少し難しさがあったかもしれない。しかし本書は、そうした実験的な言葉の工夫よりも心情に重きが置かれ、老いた母を看取ろうとする子の優しさ、哀しさがストレートな言葉であらわされる。
階段を這い上がる母の言葉を聞いた子は身動きできなくなった
愛する人との別れの苦しみについて『愛(あい)別離(べつり)苦(く)』という教えがある。「四苦八苦」という四文字熟語はもともと仏教用語で、「人生は思い通りにならない、苦しみである」という釈迦が説いた教えだ。生命の根源的な苦しみである「生まれる・老いる・病む・死ぬ」の四苦に加えて、さらに人間らしい4つの苦しみがあるとした。そのうちのひとつが愛する者との別れなのである。
愛する人の死に直面したとき、私たちはどのようにそれを受け入れることができるだろうか。
動かない足を引きずって、老いた母が這うように階段をのぼりながら息を荒くしている。何事かと驚いて駆け寄ると、母は言う。「一緒にお茶を飲もう」と。そんななにげない日常の記憶が、愛する者の死を耐えがたいものにする。
今どこにいるの
そこにいるよ
お茶を 持って来たよ
一緒に 飲もうと思って
あなたは 写真のなかで
晴れやかに 微笑んでいる
取り残されて 階段の底に
うずくまっているのは
わたしなのだ
もう 身動きもできず
途方にくれているのは
わたしだったのだ
(「あなたはそんなにも会いたがっていた」より抜粋)
グリーフケアの入門書としてもおすすめ
表題作『母の日のためのレクイエム』には、「ニルバーナ」という言葉が出てくる。サンスクリット語で涅槃のことで、欲望や執着のような煩悩の火を吹き消した、安らかな理想の世界のことをいう。誰しも避けることのできない「死」という問題に対して、詩集全体を包む仏教的イメージがひとつの光となっている。
今日のうちに
遥かな 銀河へ 旅立つ
母なるひとに
幸いあれ
かつて 子に向けられた
慈しみの 瞳は
夜空に 開かれてゆく
遥かな 旅路の 行く手を
ニルバーナの 青い星群が
またたき 祝福する
(「母の日のためのレクイエム」より抜粋)
近年、身近な人の死や、愛する人との別れの受け止め方を模索するグリーフケア(遺族ケア)やデスエデュケーション(人間らしい死を迎える準備)といった取り組みがある。本書をその入り口として読むこともお勧めしたい。
この詩集には子を慈しむ母のまなざしがある。
愛する我が子を育てながら、ともに輝いた母の命がある。
母にも子にも、どこか自分と重なる感情を、思い出を、言葉を、詩の中に見つけてみてほしい。きっとあなたの「母の日」に寄り添う一冊になるはずだ。
【著者プロフィール】
松久 明生(まつひさ・あきお)
1951(昭和26)年名古屋市生まれ、北海道大学薬学部卒、医学博士(東京慈恵会医科大学)。密教学修士(高野山大学)。1985(昭和60)年~1992(平成4)年東京慈恵会医科大学(専攻生)、2004(平成16)年~2012(平成24)年大阪府立大学客員准教授、2004(平成16)年~2007(平成19)年千里ライフサイエンス振興財団企画委員等、製薬会社在職中併任(2018年)。
第一詩集『言葉の孤独』(郁朋社、2004年)第二詩集『オルフェオの瞳』(新潮社、2015年)がある。
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